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シリコンバレーの会社で働いていた30代の徒然なBlog

30代家族持ちで英語スキルは一人旅行レベルのザ日本のリーマンがシリコンバレーにある外資企業で働く事になった事を綴った日記。

日本人と米国人のメッセージの伝え方の違い

米国人は判断が早い。成功と失敗に対する準備ができている。これは思考回路と決裁量がはっきりしているという点もあるが個人的には大きく次のリアクションを導き出す為の経験値の絶対量が日本とは違うのではないかと思う。更に言えば、代替案や新しいアイディアをいくつも走らせているので1つの失敗が大きな影響を与えるケースはそうそう多くない。

これらをベースにした米国人が私に対して求めるのは誰が見ても分かる数字である。その数字に対して予算に達していない場合は強く説明を求められます。例えば一緒に同行した日本の企業にプレゼンした時に「素晴らしい、社内で検討して報告しますね(満面の笑み」とう話を受けるとその人が決裁者で無い場合、我々日本人は社内会議での付議が●曜日でそのタイミングで聞いてみよう。というざっくりしたスケジュールを頭に浮かべますが、米国人は直ぐ確認をします。2日後くらいになんでこんなに時間がかかるんだ?なんて平気で聞きます。提案の規模にもよりますが提案者と決裁者で話して済む話ではないのだろうか?1週間とかその他の時間何をしているんだ?なんて事もまじめに聞かれます。今でこそアメリカの感覚、つまり世間で言う外資の感覚に私自身慣れてきましたので日本は非常に判断が遅いと感じます。

そういうやり取りが何回かあったので、改めて日本人の建前と本音の民族の傾向と言いますが一般的な企業カルチャーを説明しました。結論から言うと納得してくれてはいるのですが、腑に落ちない顔をされたのも事実です。

「では今度、会食でも」

「凄いですね、我々も導入したいんですけどね〜」

みたいなものは信じるなと伝えました。建前であり、本音では無い。大きな会社程そういう濁した形で案件を終わらせる。商品の絶対的な価値だけでは滅多に動かない。終わりの挨拶にすぎない。と。

日本はみっちりシミュレーションや提案書(ロジックで文言多い)に時間をかけて確度を上げるスタイルです。米国人の資料は魅せるものだと言われており、アイキャッチが非常に強い。資料にかける時間もそこまでかけていない。多分日本の半分以下。ペプシ、コーラのやり方じゃないが、ネガティブプロモーションも大小あれど織り交ぜる。資料を作っている時間があるなら1つでも多くの企業と話をしてアクションを取りベネフィットを与えるべきだと考えます。アマゾンがナンセンスなプレゼン資料を作る時間は無駄。なんて話があったが日本では考えられない位だ。


Amazon ベソス氏「もうパワーポイントは禁止」|リーディング&カンパニー株式会社

 

日本人は説明が長い。メールだってそうだ、emailとはがきの区別がついていない。電子メールはいくらでも文字がかける、というものでは無い。はがきのような貴重性も無い。しかしよくよく考えなくともその構成において米国と日本は違いは無い。

 

お世話になります。

I hope that you had good weekend.

 

みたいに、日本は最初に日本のビジネスシーンで一番使われている「お世話になります」から始まる。しかし米国は良い週末を過ごせました?とか気軽な挨拶で入る。このスタンスは日本にも取り入れたいくらいだ。お世話になります。の後に良い週末を過ごせましたでしょうか?とかは可能だがやっぱり硬い。

 

文末には

 

以上、宜しくお願い致します。

Best Regards,

 

となり、このBest Regardsの他、Best, Thanks,等色々代用は聞く。

 

そして大きく異なるのは本体のメッセージだ。英語は私が受け取るメールは大体2−3行程度の短い内容のメールが殆どだ。しかし日本は挨拶や改行位置、段落等、素晴らしいショートストーリーだと感じるくらいキレイなメールを受け取る機会が多いです。何がここまで違うのかというと、米国人メールはダイレクトで●●だと嬉しいとか良い意味で自分中心のメールになっています。ヒーローの国です。一人が多数を助ける文化です。日本も同じ文言があれど周りくどい。〜かと思われますが、とか〜の場合において、とか、もし〜であるならば、とかが混在して結局良いたいのはこれでここらへん加味しなくても良いよね?なんて感じます。で、米国っぽいメールを送ると冷たいとか感じられてしまうなんて不条理も。

一言で言うと、社内において上司からの指示的なメールに感情を表す一文があるのが、米国型ですね。